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追記 [追記]

このブログ =「風車系主婦の店」を探せ!= は、
2008年8月22日に作成した;

 ~ 「スーパーの原点」について考える ~
     (風車系主婦の店を探せ!)

を修正、追記したものです。

「主婦の店」の由来 [資料編]

1957年(昭和32年)5月3日に
日本で最初に開店した「主婦の店大垣店」の
店舗ブランドが「主婦の店」に決まった経緯が
次の2つの本に記述されています。

①「スーパーの原点」第6章「主婦の店」誕生(118~119ページ)
 ・・引用・・
  その次に(注:打ち合わせを)行ったのは十七日であった
  (注:昭和32年4月17日のこと)店名をどうしようかという話が出た。
  はじめは久世商店だから、久世フードセンターにしようというような案もあったが、
  ここで私は、ふと、「食品店に買い集まるのは主婦だし、
  この店は久世さんの奥さんが先頭になってやるのだから、
  主婦の店、というのはどうだろうか。
  主婦が作って主婦が買いに来る店、ということでわかりやすいのではないか」
  と提案した。そしてそれがよいということで、
  ここに「主婦の店」という名が生まれたのである。 
 ・・引用終わり・・

②「出会いと積み重ねによって」〔24・蔵元と酒屋のきずなに〕
 ・・引用・・
  まず「その店の名は?」ということになりましたが、
  台所につながるスーパーマーケットに買いにいらっしゃるお客さまは、主婦である。
  われわれは、真にお客さまのための店をつくろうとしているのだから、
  主婦であるお客さまの店、そうだ「主婦の店」にしようということになりました。
 ・・引用終わり・・


スーパーの原点 (1982年)

スーパーの原点 (1982年)

  • 作者: 吉田 日出男
  • 出版社/メーカー: 評言社
  • 発売日: 1982/04
  • メディア: -



「風車系主婦の店」チェーン誕生までの経緯 [資料編]

◆1956 (昭和31)年3月10日
 吉田日出男さんが福岡県小倉市に「丸和フードセンター」を開店

◆1957 (昭和32)年1月23~25日
 鳥取県米子市で公開経営指導協会などが開催した
 「全国小売業経営者会議」において吉田日出男さんが
 「セルフサービスについて―丸和フードセンターを語る―」
 と題した体験発表を行った

>この発表の反響は大きく、公開経営指導協会は研究会の一つとして
  スーパーマーケット部会を設置し、吉田日出男さんを部長に委嘱した

◆1957 (昭和32)年5月3日
 「主婦の店大垣店」(岐阜県大垣市)が開店する
 (「主婦の店」第1号店)

◆1957 (昭和32)年7月20日
 「主婦の店福岡小倉店」が開店する
 (「主婦の店」第3号店、丸和フードーセンターの別館)

◆1957 (昭和32)年8月
 「主婦の店」本部が開設される
 (公開経営指導協会内)

◆1958 (昭和33)年8月
 吉田派(風車系)と大木派(公開系/マルエス系)に分裂する
 (公開経営指導協会が指導した「主婦の店」は
  エス字マークを掲げていた)

◆1958 (昭和33)年11月9日
 主婦の店常任理事会で吉田日出男・副会長が辞任する

◆1958 (昭和33)年12月9日
 「主婦の店全国チェーン」の第1回総会が開催される
 (「風車系主婦の店」の独立宣言)

(参考文献)下記の2冊です。


日本小売業運動史〈第3巻〉戦後編 (1981年)

日本小売業運動史〈第3巻〉戦後編 (1981年)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 公開経営指導協会
  • 発売日: 1981/03
  • メディア: -



風車と共に―主婦の店運動25年 (1982年)

風車と共に―主婦の店運動25年 (1982年)

  • 作者: 主婦の店スーパーマーケット全国チェーン
  • 出版社/メーカー: 主婦の店スーパーマーケット全国チェーン
  • 発売日: 1982/04
  • メディア: -



日本で最初のスーパーマーケットは? (その3) [資料編]

「日本のスーパーマーケット」
(倉本初夫/渥美俊一・著、文化社、1961年11月改訂版)は、
日本で最初のスーパーマーケットについて
2つの説を掲載しています。

倉本さんは、丸和フードセンター説、
そして渥美さんは紀ノ国屋説と、
一つの本の中で説が異なっています。

・・・引用①・・・
 スーパーマーケット第一号・・・
 スーパーマーケットの開設を意図した
 九州小倉市の丸和フード・センター社長吉田日出男氏は、
 ・・・3月10日に見事に開店した。(50~51ページ)

・・・引用②・・・
 昭和二十八年、わが国のセルフサービス店
 及びスーパーマーケットの第一号として名乗りをあげた、
 東京は青山六丁目の紀ノ国屋。(73ページ)


日本のスーパーマーケット―経営の理論と実際 (1962年) (経営シリーズ〈第1〉)

日本のスーパーマーケット―経営の理論と実際 (1962年) (経営シリーズ〈第1〉)

  • 作者: 倉本 初夫
  • 出版社/メーカー: 文化社
  • 発売日: 1962
  • メディア: -



日本で最初のスーパーマーケットは? (その2) [資料編]

日本で最初のスーパーマーケットは、
丸和フードセンターだという説をとるのは
次の本です。

①「日本小売業運動史 戦後編」
  (㈳公開経営指導協会・編、公開経営指導協会、1981年3月)
  丸和フードセンターは、日本で最初のスーパーマーケットであった。(247ページ)

②「小売りイノベーションの源泉」(矢作敏行・著、日本経済新聞社、1997年9月)
  スーパーマーケットの起源は諸説ある。
  スーパーマーケットをどう定義するかによって、・・略・・
  第一号の特定が変わってくるからである。
  ここでは1956年(昭和31年)3月開店の北九州・小倉の丸和フードセンターを
  最初のスーパーマーケットとする説をとる。(36ページ)

③「日本の流通100年」(石原武政/矢作敏行・編、有斐閣、2004年12月)
  セルフサービス販売を採用している
  総合食料品店であるスーパーマーケットが現れた。
  1956年3月、福岡県小倉に開業した丸和フードセンターが第1号である。(233ページ)

④「近代日本流通史」(石井寛治・編、東京堂出版、2005年9月)
  セルフサービス方式の大型総合食料品店の小売店という、
  本来の意味でのスーパーマーケットとして
  日本で最初に誕生したのは丸和フードセンター(小倉)である。(162ページ)

⑤「基礎からの商業と流通」(石川和男・著、中央経済、2007年10月)
  1953年12月に東京・青山の青果物食料品店紀ノ国屋(売場面積110㎡)が、
  最初のセルフ・サービス店として開店した。
  この店は、総合食料品店ではないことから本格的SMではない。
  本格的SMの最初は、1956年3月に福岡県・小倉で開店した
  丸和フードセンター(売場面積396㎡)である。
  その後、山口県から起こった主婦の店運動*により、
  各地で主婦の店を看板に掲げる小売店が出現したが、
  1957年9月に大阪・千林にダイエー薬局・主婦の店開店により、
  日本のSMの歴史の本格的展開が開始された。(140ページ)
  (注*:山口県が主婦の店運動発祥県というのは間違いだと思われる)

日本で最初のスーパーマーケットは? (その1) [資料編]

日本で最初のスーパーマーケットについては
2つの説があるようです。

一つは、紀ノ国屋という説で、
もうひとつは丸和フードセンターという説です。

そこで、流通関係について書かれている
本を調べてみました。

紀ノ国屋説をとっている本は次の通りです。

①「小売商業の近代化」(鈴木保良・著、中小企業診断協会、1959年9月)
  セルフサービス店の第一号店である東京青山の紀ノ国屋(85坪)は、
  スーパーマーケットとしてもその先駆をなすものであった。(296~297ページ)

②「現代小売商業の諸問題」(竹林祐吉・著、協同出版、1962年3月)
  わが国でスーパーマーケットが最初にできたのは、
  昭和二十八年東京青山紀の国屋である。(87ページ)

③「日本スーパー発達史年表」(建野堅誠・著、創成社、1995年3月)
  一般にいわゆるスーパー(和製英語)と呼称されるようになった
  セルフサービス方式という新しい販売方法を主体にした革新的形態であった。
  その第1号店といわれる「紀ノ国屋」が東京青山・・・
  開店したのは1953年(昭和28年)12月のことである。(Ⅱページ)

④「日本流通史」(石井寛治・著、有斐閣、2003年1月)
  日本最初のスーパーマーケットは、
  1953(昭和28)年に東京青山に増井徳男によって
  セルフサービス方式を取り入れて設立された
  青果物販売店「紀ノ国屋」(40坪=130㎡)であり、
  ついで56年に九州の小倉で吉田秀夫※(原文のまま。‘日出男’が正しい)
  によってスーパーマーケット「丸和フードセンター」(120坪=390㎡)が
  開設された。(222ページ)

吉田日出男さんの「風車系主婦の店」運動とは? [「スーパーの原点」を考える]

ボランタリーチェーン「風車系主婦の店」を主宰した吉田日出男さんは、
その著書「スーパーの原点」第一章スーパーマーケットの創始
‘セルフサービスの採用’の項(13~14ページ)に
次のように書いています。

・・引用・・
 単に売上高規模だけで見るならば、
 ダイエー一社の売上高の半分にも及ばない、
 と言われるかもしれないが、
 わたしどもの「主婦の店」は「風車」のマークに示されるような、
 消費者、社員、出資者、取引先の四者を共に利する、
 という考え方で一貫して進んできた。

 よしや、その歩みは遅々としているとしても、
 地域の消費者によりよい商品を、より安く提供したい、
 家庭の主婦のためになる店を作ろう、
 という初心は貫いてきたと確信している。
・・引用終わり・・

「スーパーの原点」第八章 風車の店
‘ダイエー中内氏と私’の項(161ページ)において、
吉田日出男さんは次のように書いています。

・・引用・・
 次のような手紙を中内功さんからいただいた。
 ・・略・・「前略、ありがとうございました。
 ・・略・・十二年前、小生がスーパー業界へ身を投じて以来、
 いろいろ先輩として御教示いただいたことをあつく感謝しております。
 いよいよこの国もスーパーマーケットの時代が開幕されようとしております。
 先生の理想と現実とが一致しようとしていることを肌で感じております。
 主婦の店の社名は時代とともに消え去りましたが、
 創業の精神として末永く忘れない様にしたいと存じます 匆匆
 ・・略・・株式会社主婦の店ダイエー 代表取締役 中内功」
・・引用終わり・・


スーパーの原点 (1982年)

スーパーの原点 (1982年)

  • 作者: 吉田 日出男
  • 出版社/メーカー: 評言社
  • 発売日: 1982/04
  • メディア: -



「主婦の店新聞岐阜加納版第5号」 [「スーパーの原点」を考える]

「主婦の店加納店」(岐阜県岐阜市上本町4)は
昭和33年(1958年)3月26日に
「主婦の店新聞岐阜加納版第5号」を発行しています。

その中に、
~本日より店内擴張・商品充實!!~
と題した記事が載っています。

・・引用・・
主婦の皆様
 常に変わらぬ御愛顧本当に有難うございます
 主婦の店加納店も創業以来六ケ月を迎えましたが
 お陰さまにて売上高も月々漸増し
 売場も狭障を告げる程になりましたことを
 一同心から感謝申上げております
 つきましては皆様の御要望に添って
 此の度店内を拡張整備し

  春の行楽とお祭りに備えて
   天ぷら、カツレツ、コロッケ売場を新設し
   アイスクリームも発売
   其の他の食料品も充実しました

  新学期に備えて
   文房具、学用品売場を新設し
   又運動靴もはじめました

  又日用品売場でも
   陶器と金物を充実し
   硝子製品もはじめました

 そして、特別の記念売出しは致しませんが
  謝恩の気持は品物とお値段で!
  そして 一年三百六十五日が特売日!
 をモットーに毎日が奉仕日、全商品が奉仕品
 の気持でお取次ぎさせていただいております
 どうか装いを新たにした主婦の店加納店へ
 おいで下さいませ
・・引用終わり・・

「主婦の店新聞岐阜版第1号」 [「スーパーの原点」を考える]

昭和32年(1957年)10月9日に
全国第5番目の「主婦の店」として開店した
「主婦の店加納店」(岐阜県岐阜市上本町4)が発行した
「主婦の店新聞岐阜版第1号(昭和32年10月9日)」に
次の記事が掲載されています。

…引用…
 お買物は楽しむ時代です!
 ところが、
  買いたくない品物を無理に買ってしまったり―
  面白いなと思った商品でも、さわったら買わねばならぬかと
  思って見合わせたり―
  雨の中を傘をさして、あちらの肉屋さん、こちらの八百屋さん、
  そして向うの魚屋さんと買いまわったり―。
 というように、奥さま方の日々のお買物にも、
 なやみがつきないようでございます。
   そこで私共は、折角のお買物を楽しんで頂きたいと存じ、
 「主婦の店」を開くことに致しました。

  主婦の店は、お宅のお台所の延長
 でありたいと願っております。
  そこで奥さま方に代わって食料品をはじめ日用必需品をお安く、
 気軽に間に合わせるために、
 「主婦の店」はセルフサービス様式に致しました。
  「主婦の店」には、御案内と商品の補充のため
 僅かな店員がおりますが、販売員はおりません。
 そしてその他の店員は、お値打品、良い品を捜しに
 外部で活躍しております。
  どうか、「主婦の店」の売場の棚は、お宅のお台所の棚と
 思召して誰にも気がねすることなくお好きな品を
 御自由に御自分でお選び下さいませ。
  一度買おうと思って籠にお入れになりました品物でも、
 又自由にもとの棚へお戻しになっても結構です。
  そして最後に出口の御勘定場で、はじめてひとまとめにして
 お代を頂戴致しますから、種々雑多なこまかいお買物に
 いちいち財布を出し入れして頂く必要はございません。
…引用終わり…

「主婦の店加納店」が開店する前の
昭和32年10月6日付の朝日新聞岐阜版には
~「主婦の店」お目見え~
と題した記事が掲載されました。

・・引用・・
 主婦が気楽に日用品を買えると言うことから
 「主婦の店」という名の日用品デパートが
 九日から岐阜市加納新本町で開店する。
 加納地区の酒屋さん八軒が出資してつくった
 協同組合のようなもので、
 他の店と変わっているのは客が買いたいものを
 勝手に店の入口に備えてあるカゴの中に入れ、
 出口で代金を計算してもらうセルフサービスが特徴。
 ・・・略・・・これは米国のスーパーマーケットを
 参考にしたもので、全国では四番目の店だそうだ。
・・引用終わり・・

また、昭和32年10月8日付の毎日新聞岐阜版には
 ~“お安くします” 主婦の店 全国で五番目 あす店開き~
と題した記事が掲載されました。

・・引用・・
 岐阜市加納上本町に“主婦の店”という
 セルフ・サービスのマーケットができ、九日から開店する。
 加納地区の酒屋さん八軒が中心になってつくったものだが、
 日用雑貨から肉、魚、野菜、金物、菓子まで台所のものなら
 何でもそろっている薄利多売主義で市価より
 一割五分から二割安い。セルフ・サービスなので
 店員につきまとわれて無理に買わされる心配がなく、
 気軽に備えつけのカゴにとって勘定場へ渡せばよい
 …などの百貨店に似たサービスぶりを
 掲げているところが特徴。
・・引用終わり・・


基礎からの商業と流通

基礎からの商業と流通

  • 作者: 石川 和男
  • 出版社/メーカー: 中央経済社
  • 発売日: 2007/10
  • メディア: 単行本



「主婦の店新聞大垣版第1号」 [「スーパーの原点」を考える]

「主婦の店」第1号店は、
昭和32年(1957年)5月3日に開店した
「主婦の店大垣店」(岐阜県大垣市林町2丁目)です。

「主婦の店大垣店」が昭和32年5月3日に発行した
「主婦の店新聞大垣版第1号」を見ると、

 ~こんなお店はきらい ―(一主婦の声)― ~

という記事が載っています。

・・・引用・・・
 1.店の前に立ち止まるとスグに「いらっしゃいませ」と云う店
   ― ゆっくり手に取ってみることもできない。
 2.はいりにくい店 ― 少しの品物を買うのにキマリが悪い。
 3.商品に値札がついていない店
   ― 値段が高いか、安いかわからないから。
 4.取替えや返品を気安くしてくれない店。
 5.そのほか買物しても受取証がないので
   家計簿に記帳するとき不便だとか、
   店内が暗くて近代的でなく買物をするたのしみがない、
   店員が無愛想だなどという耳を声に(注:原文通り)します。
 
 こんな消費者の声を解消するために本場アメリカでは
 30年も前からセルフサービスという販売の方式が
 とられていて、食料品店の90パーセントが
 セルフ・サービスなのです。
 日本でもこんなお店が各地に出来つつあり、
 お客様より大変ご好評をいたヾいております。

 セルフ・サービスを採用したスーパーマーケット
 “主婦の店”にご来店の上、お買物をお楽しみ下さいませ。
 ・・・引用終わり・・・


小売商業の近代化―販売革命の動向と本質について (1959年)

小売商業の近代化―販売革命の動向と本質について (1959年)

  • 作者: 鈴木 保良
  • 出版社/メーカー: 中小企業診断協会
  • 発売日: 1959
  • メディア: -



セルフサービスとは? [「スーパーの原点」を考える]

スーパーマーケットで買物をしていて
腹が立つことがあります。

こんなことがありました。

ある大手総合スーパーの乳製品売場でヨーグルトを陳列していた女性に
「〇〇〇ー乳業の赤のたっぷり果実とヨーグルトはないんですか?」と聞いた時、
「〇〇〇ー牛乳?牛乳売場はあちらです」と
牛乳売場を指差しで教えられたことがあります。

また、同じ総合スーパーの食品売場レジで
買い求めた品の代金を精算する時
チェッカー(レジ担当)の女性に
「〇〇〇ー乳業の赤のたっぷり果実とヨーグルトは
今売っていないのですか?」と聞くと、
「売場になかったら、ありません」と答えられたことがあります。

スーパーマーケットで働く人にとって今は、
主婦の店運動と呼ばれ、
日本全国で主婦の店が次々と開店した昭和30年代と比べると、
とても楽な時代だと思います。

どこから仕入れようかと悩むことはあっても、
「仕入ができない。どうすれば買えるのだ」と
悩むバイヤー(仕入担当者)ははまずいないでしょう。

チェッカーは、
野菜・果物でさえ事前パック済みの商品が増えていて
バーコードをスキャンすればいいだけなので、
商品名を覚える必要もないようです。

こんなこともありました。

ある食品スーパーでラ・フランス(2個入りパック・バーコード付)を買い求め、
レジで代金精算をした時に、
新人らしいチェッカーの女性は
バーコードの位置がわからなかったようで;

女性:
「アボガドですね?」

私:
「いや、ラ・フランス。(パックの側面下部を指差し)ここにバーコードがあるよ」

女性:
「すいません」

日本にスーパーマーケットができてから50年以上が経ちました。

技術的な進歩は目覚しく、
未経験者でも十分運営していけるシステムが出来上がっているのが
今のスーパーマーケットのようです。

システム化、マニュアル化が進んで
スーパーマーケットで働く人にとって楽な時代になりましたが、
セルフサービスという販売方式を取り入れた総合食料品店という
サービス業として大切なことを失ってしまったのではないのでしょうか?

セルフサービスという販売方式は
“ノーサービス”ではないはずです。


セルフサービス入門 (1958年)

セルフサービス入門 (1958年)

  • 作者: 長戸 毅
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
  • 発売日: 1958
  • メディア: -



「主婦の店全国チェーン」の解散 [「行ってきました」シリーズ]

矢作敏行・著「小売りイノベーションの源泉」
(日経新聞社、1997年9月発行)の
第1部 流通近代化の旗手‘3主婦の店運動の興亡’によると、
風車系主婦の店は;

 ~組織管理能力の欠如から70年代半ば以降急速に衰退し、
   主婦の店の看板を掲げる店の多くは、
   シジシージャパンに合流したそうです。~

そして、主婦の店スーパーマーケット全国チェーンは
1998年7月に解散しました。

ボランタリーチェーン主婦の店スーパーマーケット全国チェーン
(風車系主婦の店)はなくなりましたが、
風車系主婦の店の創業精神は
今もどこかのスーパーマーケットで生きていると私は信じています。

私の「風車系主婦の店」を探す旅
(「風車系主婦の店」へ行ってきましたシリーズ)は
これからも続きます。


日本スーパー発達史年表

日本スーパー発達史年表

  • 作者: 建野 堅誠
  • 出版社/メーカー: 創成社
  • 発売日: 1995/03
  • メディア: -



「たじみ創造館」 [「行ってきました」シリーズ]

2008年3月29日(土曜日)に多治見市図書館で
「多治見市居住者名簿地図」(1960年、東濃新報社発行)を見て
「主婦の店多治見店」の所在地を確認した後、
「主婦の店多治見店」の跡地に建っている
「たじみ創造館」(岐阜県多治見市本町5-9-1)へ行ってきました。

「たじみ創造館」館内を一回りした後、
「たじみ創造館」が「主婦の店多治見店」の跡地に
建っていることを確認するために、
同館1階の多治見市PRセンターにいた女性に聞いてみました。

私:
「ここは昔、「主婦の店多治見店」があった場所ですか?」

女性:
「そうです。ちょっと待ってください」
(女性は横にいた若い男性に「〇〇さんを呼んできて」と頼んだ。
 しばらくすると男性が現れた。) 

私:
「主婦の店多治見店はここにあったのですか?」

男性:
「主婦の店はここにありました」

私:
「私は「風車系主婦の店」を探しています。
 東濃地方の主婦の店のリーダー役だったのが
 主婦の店多治見店だと聞いています」

男性:
「よくご存知ですね」

私:
「でも、社内で謀反があって閉鎖することになったようです」

男性:
「謀反ではありません。経営陣の中で経営方針の違いがあったのです」

私:
「よくご存知ですね?」

男性:
「私は「主婦の店多治見店」で働いていました」

私:
「えっ!本当ですか」

男性:
「なつかしいなぁ」
「あの当時は仕入で本当に苦労した。
 地元の市場は売ってくれなくて、名古屋まで青果を買いに行った。
 名古屋の、えっ~と、あの人、・・・そう、〇〇さんに本当に世話になった」

私:
「スーパー〇〇〇〇の先代社長ですか?」

男性:
「〇〇〇〇、そうそう」



現代小売商業の諸問題 (1964年)

現代小売商業の諸問題 (1964年)

  • 作者: 竹林 祐吉
  • 出版社/メーカー: 協同出版
  • 発売日: 1964
  • メディア: -



佐吉大仏 [「行ってきました」シリーズ]

2008年3月23日(日曜日)に
私は岐阜県羽島市竹鼻町を再び訪れました。

佐吉大仏を拝観するためです。

吉田日出男さんは、
千代菊経営研究道場を主宰していた坂倉又吉さんの
協力者である内藤寿太郎さんから
竹ケ鼻(現在の岐阜県羽島市竹鼻町)に昔から伝わる
仏の佐吉という立派な商人の話を聞き、
1957年(昭和32年)3月23日に仏の佐吉が作らせたという
佐吉大仏を初めて拝観しています。

吉田日出男さんは、
ここでは詳しく書きませんが、
仏の佐吉にとても感激し、
商業運動(主婦の店運動)の決意をしたそうです。

そして、商業運動を決意した日、
3月23日を主婦の店の創業記念日と定めました。
(「スーパーの原点」第6章「主婦の店」誕生の
 ‘“仏の佐吉”との出会い’の項を参照)

私は佐吉大仏を拝観した後、
佐吉大仏の所有者である永田家を訪ねました。

「仏佐吉の画伝」(美濃竹鼻まちづくり委員会・編集発行、1997年4月)を
買い求めるためですが、
応対してくださった方々から吉田日出男さんについて
貴重なお話をうかがうことができました。

ところで、私が佐吉大仏を拝観した日は、
吉田日出男さんが初めて佐吉大仏を拝観した日と同じ3月23日であること、
すなわち主婦の店の創業記念日だったことに後から気づきました。


日本のスーパーマーケット―経営の理論と実際 (1960年) (経営シリーズ〈第1〉)

日本のスーパーマーケット―経営の理論と実際 (1960年) (経営シリーズ〈第1〉)

  • 作者: 倉本 初夫
  • 出版社/メーカー: 文化社
  • 発売日: 1960
  • メディア: -



‘風車マーク’の由来 [「行ってきました」シリーズ]

「スーパーの原点」(吉田日出男・著、評言社)の
154~155ページより引用しました。

・・・これまで、主婦の店という名のスーパーマーケットの
チェーンづくりをやってきたのですが、
その名前がよいせいですか、
全国にたくさん模倣するものが出てきましたので、
それらと区別するために、
風車のマークをつけて、
私たちのグループのマークとして使うようにしたわけです。

風車の中の四つの羽根は、
それぞれ意義を持たせているわけです。

その一枚の羽根は、消費者、お客さまです。
一枚の羽根は、社員の皆さんです。
一枚の羽根は、資本を提供して下さった株主です。
四枚目の羽根は、メーカー、
またはその代理をする問屋さん、仕入先です。・・・


スーパーの原点 (1982年)

スーパーの原点 (1982年)

  • 作者: 吉田 日出男
  • 出版社/メーカー: 評言社
  • 発売日: 1982/04
  • メディア: -



「主婦の店エマ」 (主婦の店上松店) ・・・2 [「行ってきました」シリーズ]

私が最初に行った店舗は、
1964年(昭和39年)7月23日に開店した
「主婦の店エマ上松店」(長野県木曽郡上松町駅前通り2丁目9)です。

‘風車マーク’はありませんでした。

残念。

続いて、1967年(昭和42年)4月1日に開店した
「主婦の店エマ栄町店」(長野県木曽郡上松町栄町2丁目35)へ
歩いて向かいました。

‘風車マーク’がありました。

ペンキが剥げ落ちているし、
風車の向きが少し変ですが、
間違いなく‘風車マーク’です。

感動の瞬間。

黙って写真を撮るのは
「風車系主婦の店」に対して失礼なので、
‘風車マーク’の撮影許可を求めるために
「主婦の店エマ栄町店」に入り、
お店の女性に尋ねました。

私:「写真を撮っていいですか?」

女性:「どの写真ですか?」

私:「表の‘風車マーク’です。風車系主婦の店を探しているので」

女性:「それならいいと思います」

私:(レジ台横のボードにチラシが貼ってあり、‘風車マーク’があるのを見つけて)
  「チラシをもらえないですか?」

女性:「これ1枚しか持ってこなかったので。‘風車’ならレジ袋にありますよ」
  (と言ってレジ袋を見せてくれる)

私:「じゃあ、買物をするので、余分に1枚下さい」

女性:「いいですよ」

私は‘風車マーク’を見つけたことで興奮していましたが、
その一方で気になることがありました。

それは「主婦の店エマ栄町店」に買物に来ていた
複数の高齢の女性たちのことです。

私は、これらの高齢の女性たちはきっと
「主婦の店エマ栄町店」の開店した1967年から
約41年間ずっとお客さま、
すなわち‘主婦’だと思いました。

「主婦の店エマ栄町店」は、
スーパーマーケットというよりは田舎の総合食料品店
といった方が正しいのかもしれませんが、
‘主婦’のための店であることは間違いないと思いました。


近代日本流通史

近代日本流通史

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 東京堂出版
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本



「主婦の店エマ」(主婦の店上松店)・・・1 [「行ってきました」シリーズ]

私の「主婦の店を探せ!」はいつの間にか
「風車系主婦の店を探せ!」(風車マークを探せ!)
に変わりました。

それは、「主婦の店」と言っても、
いろいろな系統があったことが少しずつわかってきて、
その中でも‘風車マーク’の「主婦の店」(風車系主婦の店)、
すなわち吉田日出男さんが指導した
「主婦の店」にしか興味がなくなったからです。

「主婦の店を探せ!」が始まった
2008年2月22日から
3月17日(月)までに訪ねた「主婦の店」、
または「主婦の店」跡地は次の通りです。
 
 ① 「主婦の店大垣店」 (跡地)
 ② 「主婦の店浜松店」 (現:「主婦の店城北店」)
 ③ 「主婦の店加納店」 (営業中)
 ④ 「主婦の店瑞浪店」 (跡地)
 ⑤ 「主婦の店中津川店」 (現:スマイル四ツ目川店)
 ⑥ 「主婦の店恵那店」 (跡地)
 ⑦ 「主婦の店土岐店」 (現:サンマート本店)
 ⑧ 「主婦の店一宮店」 (跡地)
 ⑨ 「主婦の店北方店」 (跡地)
 ⑩ 「主婦の店柳ケ瀬店」 (営業中)

しかし、「風車系主婦の店」のシンボルである
‘風車マーク’を見つけることはできませんでした。

さて、2008年3月18日(火曜日)に
JR岐阜駅から東海道本線に乗り、
名古屋で中央本線(西線)に乗り換えて
長野県木曽郡福島町上松へ行ってきました。

岐阜駅から上松駅までは3時間以上かかりました。

「主婦の店エマ」を見るためです。

‘風車マーク’を見ることができるとの予感がありました。

「主婦の店エマ」は、
「主婦の店恵那店」(現:バロー)の創業者である
伊藤喜美さん(現・バロー相談役名誉会長)の紹介により
吉田日出男さんの指導を受け開店した「風車系主婦の店」です。

伊藤喜美さんは「主婦の店エマ」のエピソードを
前掲書「風車と共に 主婦の店運動25年」の
地方座談会Ⅲ中部地区協議会の中で
次のように述べています。

・・引用・・
 ところで、長野の上松店がおみえになっていませんが、
 依馬現社長のご両親は恵那出身で、
 昔からよく存じておりました。
 以前は米屋さんでしたが、昭和39年頃私のところへみえまして、
 「主婦の店をやってみたいが、どうしたらよいか」ということで、
 私は金山社長と吉田先生の三人で上松店へ出向いて、
 いろいろと相談にのったものです。
・・引用終わり・・


日本の流通100年

日本の流通100年

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • 発売日: 2004/12
  • メディア: 単行本



「主婦の店一宮店」 [「行ってきました」シリーズ]

2008年3月16日(日曜日)に
一宮市立豊島図書館へ行ってきました。

もちろん「主婦の店一宮店」を調べるためです。

(公開系の)「主婦の店一宮店」が開店した
1957年(昭和32年)11月の
中部日本新聞(現在の中日新聞)を借りて、
「主婦の店一宮店」に関する記事を探しましたが
見つかりませんでした。

ひょっとしたら「主婦の店一宮店」は
岐阜県にあった(?)
と弱気になりながら、
もう一度中部日本新聞を見直しました。

今度は記事ではなく
求人募集広告欄を探しました。

すると、1957年(昭和32年)11月3日の
中部日本新聞に次の求人募集広告を見つけました。

   ◎急募◎ 女子店員 10数名
   男子店員   数名
   健康明朗身元確実通住可 履歴書持参ご来店下さい
   アメリカ式システム 楽しいお買物
   スーパーマーケット 主婦の店
   連絡所 一宮天王町(西一宮駅前)KKかぎや商店

続いて私は古い住宅地図を借りました。

「全住宅案内図帳」(昭和35年10月1日 住宅協会)に
「主婦の店」が載っていました。

名古屋鉄道尾西線「西一宮」駅のすぐ近くです。

中部日本新聞と「全住宅案内図帳」を複写した後、
私は‘現場’へ急行しました。

吉田日出男さんは「スーパーの原点」
第7章日本スーパーマーケット研究所の
‘「主婦の店」本部’の項139~140ページに
次のように書いています。

・・引用・・
 私は新開店の指導を次々に依頼されて、身辺多忙をきわめた。
 当時のメモを見ると、三十二年十月に岐阜・加納店が開店した。
 これは酒屋さんであった。
 次いで十一月に開店した一宮店は、
 土地では有名な「かぎや」という食品店で、
 祖父の代からの立派な商店であった。
・・引用終わり・・

余談ですが、廃業してしまって跡形がない
「主婦の店」を探す方法としては、
地元の図書館へ行き、
その当時の新聞と住宅地図を調べる方法がありますが、
図書館の担当者に年配の方、
特に女性がいると大いに助かります。

なぜなら、私が探している「主婦の店」を利用していた
‘主婦’である可能性が高いからです。

ちなみに、一宮市立豊島図書館で
「主婦の店一宮店」の跡地を
探すのを手伝っていただいた女性から
「西一宮だけでなく、東一宮という駅もあった」
ことを教えていただきました。


セルフサービス入門 (1958年)

セルフサービス入門 (1958年)

  • 作者: 長戸 毅
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
  • 発売日: 1958
  • メディア: -



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